appreciation of the sun

雑記ブログ

お世辞なら言いたくない

とかく人は褒め合います。

きわめて親しい場合は衝突をおそれずに厳しいことも言えるかもしれませんが、
たいていの親密度であれば、相手を尊重するばかり馴れ合いになりがちです。
そういうものといえばそうなのですが、
恐ろしいのはそれを額面通りに受け取ることです。

 

大人になると、そして年をとればとるほど、
人から注意されたり怒られたりすることは減っていきます。

たとえば、私の父は食音が目立ちます。
職場ではそこそこ偉い立場なのですが、
職場の飲み会等でそのテーブルマナーを発揮していると思うと、
父の同僚に申し訳なく思います。
これは相手から注意されるものではなく、
家族であっても言い出せるものではありません。


大人であれば、それまでの半生が尊重されるばかり、
なかなか悪い部分が外から修正されません。
お世辞をそのまま受け取って自己評価を肥大させてしまえば、
どこかで自己評価と客観的認識の相克でエラーが発生すると思います。


だからこそ、漢文に君主を諌める話が多いのだと思います。
ただの大人ですら言えないのに、
スーパー偉い人を相手に諫言をはたらくことは、まさに命がけの大きな出来事です。

偉大な指導者は自身の誤りを正してくれる偉大な部下を持っているものなのだと思います。


お世辞を言い合うことは、
相互に尊敬し合うのとは少し異なります。

私はお世辞を言いたくありません。
お世辞を言わずとも褒められるところはいくらでもあると思います。


ありがとうございました。2015-12-14

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