appreciation of the sun

雑記ブログ

怒りは成長のオポチュニティ

「怒りという感情は肯定するが、怒るという態度・行為は否定する」

一昨日くらいに考えました。

「怒(いか)りは△、怒(おこ)るは✗」です。

 
○は怒りの感情が沸かないことですが、
怒り自体は、反射的に起こる感情なので、制御がききません。
操作が可能なのはその後の態度や振る舞いです。


『怒らない技術』というベストセラーを書店や電車内広告で見ますが、
これもそういうことで、外部からのストレスに対して、
それをポジティブに転じさせる方法論が列挙されているんだろうと思います。


誰かに怒ったり、怒りを態度に出してしまうと、たいていの場合後悔します。
本来は相手に落ち度があって、
私は害を受けた側であるにもかかわらず、です。

人や事に怒ると、自分はそれ以上の悪になってしまいます。
怒ってる状態は感情が先行しているので、
その時に怒りに任せて態度を決めてしまうと、後に反省することになります。


あくまで私の実感ですが、
怒りは、そのエネルギーが大きく持続的な感情だと思います。
時に破壊的な衝動をもたらすほどのエネルギーがあり、
喜びや悲しみに比して感情が収まりにくい、切り替えにくい気がします。


期せず得たこのエネルギーを前向きに活かせたらそれは素晴らしいオポチュニティです。

たとえば今の政治に憤りを抱いたとすれば、
その感情を原動力として、
しかしただその感情を表明するために熱量を注ぐのではなく、
態度の上ではあくまで冷静に、対案なり代案を考えます。

怒りを出発点に語る理念や政策が、もしかしたらよりよい言論になるかもしれません。

デモで「我々は怒っている」と表明するばかりでは、怒りの浪費です。



これは、目の前の対象を克服するために怒りのエネルギーを利用しようという試みです。

怒りがおこるのは、感情が生きている証左だと思います。
人間味があってむしろいいと思います。

だいじなことは、怒りに任せて態度を形成せず、その熱量を前向きに振り向けることです。

もちろん難しいですが、
これができたら強いと思いました。

日々この試みを実践することで、
明日の私はカリスマです。



ありがとうございました。2015-12-21

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